好きなオタクの妄言の一つに,Twitterに吐き出されているオタクの俳句(自由律含む)がある。俳句というものは,一般的には五・七・五のわずか17文字に,旬や季節感を含んだたった数文字の言葉「季語」を入れ込むことで,日本の豊かな自然や温度感、さらには作者の繊細な感情が浮かびあがらせることのできる,言葉を極限まで削ぎ落ととした「余白」の美しさを楽しむ,日本伝統の定型詩である。しかし,ことオタクの俳句においてはそのようなルールは適用されない。
自分が特に好きなオタク俳句に、女性声優の名前だけで五・七・五が構成されているものがある。(例: 小澤亜李 花守ゆみり 小澤亜李)たいていは,とあるアニメ作品のメインキャラ2人の声優だったり,アイドル系アニメ(ソシャゲ)などのユニットを担当する声優2人を交互に詠唱しているパターンが多いのだが,この俳句の好きなところは,なんと言っても名前以上の情報がどほとんどないところであろう。先ほど挙げた「日本の豊かな自然や温度感、さらには作者の繊細な感情」どころか、季語すらない,俳句としてしかるべきところで発表すればそれなりの批判は避けられないであろう内容の俳句。
いや、もしかしたら,アイドル系アニメ(ソシャゲ)のリアルライブを見て,ユニットを担当する2人に対しての気持ちが爆発した結果,紡がれた俳句なのかもしれない。感情は入っているのかもしれない。ただ,そうであるならば,俳句でなくてもいいのである。何なら,絶対に名前を紡いだだけの俳句ではなくても良い。もっとその時動いた心情を,長い文章で,思ったとおり紡げばいいはずなのである。どうしようもないオタクの,その時大きく心が動いた様が,その時目に入った女性声優の名前をリズムよく詠唱することで表現される。俳句というよりはオタクの絶叫。鳴き声。元来俳句で表現されるべき機微とは全く正反対の感情を俳句で表現する無茶苦茶さ。なんだか、そこに愛着がわくのである。ちなみに、この文章をかくにあたって,Twitterで「filter:follows 俳句」で検索すると,「かわいいね」とか「萌え萌えだ」とかで貴重な5文字を消費している俳句も出てきた。最高である。
オタク俳句を見ていて一つ思い出したことがある。空気階段という芸人のラジオ「空気階段の踊り場」で昔やっていた、「サラリーマンじゃない人川柳」というコーナーだ。サラリーマン川柳を逆手にとって、サラリーマンではない、いわゆる無職だったり、の決して働き手として中心にはいない、でもそのこと自体に悲哀を感じさせないような人たちの詠む川柳を募集するコーナーなのだが、これも従来の俳句とは逆行した、機微などそんなものはどこかへ置いてきたかのような、底抜けに情けなく、明るい、どうしようもない、面白い川柳が読まれる最高のコーナーだ。
特に自分が一番好きなのは、ラジオイベントの特別回で披露された「こんばんは 僕はお金が ないみょんです」という川柳で、突っ込みの水川かたまりが発した「17文字しかないのに、こんばんはから始めているのが……」という言葉に集約される通り、無駄のない中身のなさが最高である。
すごい細やかに言葉を選んで選んで、極限まで削ぎ落とした、言葉遊びの集大成のような俳句のフォーマットはそのままに、無駄に無駄な言葉を紡ぐ、敢えて「逆」をやる文化って、最悪だけど最高だな、と改めて思った。
